#1 DO YOU REMEMBER ROCKNROLL RADIO?【ロックンロールとハカタと、時々、スズ】

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基本的には、アルドン系の音楽を嗜好する私にとって、パンクは全くの門外漢なのですが、数少ない聴いていたパンクロックのアルバムがラモーンズ(Ramones)の「End of the Century」なのであります。

1974年に結成されたニューヨークのパンクロックバンドのラモーンズ。
ビートルズやビーチボーイズなどに強く影響を受けたストレートでキャッチーな作風は、兎に角「カッコいい!」という正真正銘のロックンロールなのですが、1979年に、あのphil spectorのプロデュースの「End of the Century」が大ヒットしました。
(※因みに70年代のスペクターは、ダーレン・ラブによると「俺はビートルズも手掛けた大プロデューサーだ!」という傲慢さが最高潮かつ、めちゃ精神状態が不安定だったようで、ラモーンズの仕事の後は、第一線から退きました。とても友達にはなりたくない人ですね…)

さて、1970年代というのは、当時人気を博していたベイ・シティ・ローラーズが、オールディーズのオマージュでフォー・シーズンズやビーチ・ボーイズのカバーなどを取り上げつつ、リンダ・ロンシュタットがロイ・オービソンやバディ・ホリーなどのカバーをヒットさせて、J.D.サウザーに至っては「オンリー・ザ・ロンリー」のアンサー・ソング「ユア・オンリー・ロンリー」を制作して大ヒット。
更に80年代にかけてはビリー・ジョエルやヒューイ・ルイス&ザ・ニュースなどによってドゥーワップなども見直されて流行っていくという…「ロックンロールってやっぱりいいよね!」という時代だったと思います。いい時代でした…。
(※一方で70年代はコンピュータ・ミュージック、テクノブームがありますが、70年代後半にイエロー・マジック・オーケストラが行っていたコンピュータと人間のグルーヴという試みもまた、ロックンロールだったと思います。)

余談ですが、私の中学時代の友人でH君という頭脳明晰でスポーツマンで優しいという優等生がビリー・ジョエルの大ファンでした。
当時は、ディープ・パープルやレッド・ツェッペリンなどのハードロックを聴く友人が殆どだった頃でしたので、洗練された都会的なビリー・ジョエルは、その友人のイメージと重ねて品の良さを感じていました。
ビリー・ジョエルはなんといっても「ストレンジャー」の大ヒットが挙げられますが、そのソフィスティケイトされたアルバムをプロデュースしたのはあのフィル・ラモーンであります。
アメリカを代表する音楽プロデューサーでありレコーディング・エンジニア、作曲家でもある彼は、1960年ベン・E・キングの「スパニッシュ・ハーレム」でエンジニアをしていたとのこと。
スペクターそして、その師匠筋であるジェリー・リーバーとマイク・ストーラーとの繋がりがあります。

1974年に結成されたニューヨークのパンクロックバンドのラモーンズ(Ramones)をデザインイメージにした、RAMグラス。
持ちやすく使いやすさと同時に美しさあるフォルムに、スクエアスタッズをシンプルに施しつつざらついた表面のハードなデザインが特徴のグラスです。

錫は錆びにくく、銀のように黒ずんできたりしない金属です。また、長く観賞用として使用せずに置いてますと、これまた渋くてカッコいいブロンズ色になってきます。これも味があります。
いつまでも古ぼけずに円熟さを重ねるロックンロールのような感じがしてまして、数多あるロックンロール・アーティストの名曲を聴きながら独自のイメージで錫製品を作っています。
「はかた錫スタジオ」HP https://htms.base.shop

この記事について

「RR Rock&Roll HAKATA TIN」作家 / 村上 禎人
地元の福岡大学卒業後、博多の老舗百貨店宣伝企画から広告代理店を経て、錫作家・田中勝氏に師事
音楽の街/福岡から独自のRock&Rollをイメージした錫工芸の創作をスタート
創作する錫作品は、50~60年代アメリカのR&Rをイメージしたものが中心で、特にWall of Soundを嗜好し、敬愛するソングライターはEllie Greenwich、シンガーはDarlene Love、ミュージシャンはレッキング・クルーの面々。