老舗醤油蔵の若女将が 新感覚の甘酒を開発、 一躍話題の成長企業へ【浦野醤油醸造元】(上)遊撃する中小企業 〜がんばってますけど、何か?

地域企業

浦野醤油醸造元 若女将 浦野敦子 氏

鳥取県にて公務員の家庭に生まれる。
大学卒業後、大分県中津市内で働いていた時に縁あって醤油蔵に嫁ぐ。
持ち前の好奇心と行動力で甘酒をはじめ次々に新商品を開発し、時代にマッチした新しいスタイルの醤油メーカーへの歩みを始めている。

浦野醤油醸造元
創 業:文政年間(約 150 年前)
事業内容:醤油・味噌・各種調味料、生麹の製造・販売
本社所在地:福岡県豊前市
電話:0979-83-2326
ホームページ:https://www.urano-shoyu.com

福岡県豊前市でおよそ150年間にわたり「まるは醤油」の名で親しまれる醤油蔵。五代目当主のもとで若女将・敦子さんの売り出した『にじいろ甘酒』がヒットして話題となっている。

全国一醤油蔵がひしめく福岡の事情

福岡県は伝統的に醤油醸造が盛んな土地柄で、出荷数量は全国で第8位。九州では大分県に次ぐ産地である(平成29年度)。炭鉱や製鉄で栄えてきた歴史を持ち、濃い味付けと塩分を好む労働者が多かったことに起因しているようだが、特徴的なのは醤油メーカーの数が多いことで、約 110軒という醤油蔵の数は全国一。さらにそのほとんどが中小企業という特徴がある。
そんな福岡県の東部に位置する豊前市で長年醤油を造り続け、このところ若女将の新しいチャレンジで話題になっているのが『浦野醤油醸造元』だ。約150年前の文政年間から醤油を造っていた記録が残る老舗である。
現在五代目当主を務めるのは浦野惇美社長。大手メーカーの進出や消費量低下で醤油蔵を取り巻く環境が厳しくなる中、コツコツと地域の味を守ってきた。

「醤油というのは家庭の味を決める、いわばおふくろの味。子どもの頃から親しんだ味を変えない人が多いんです。だからこそ我々中小メーカーでも生き残ることが出来たんですよ」と浦野社長。ひとくちに醤油といってもその味は塩分濃度や製造法により千差万別で、福岡をはじめ九州では特に甘みが強く塩分が低いものが好まれるため、全国シェアを誇る大手の醤油であっても九州ではさっぱり売れないのだという。

しかしながら、いつまでも古い醤油蔵ばかりでは生産効率は上がらず、倒産が増えるばかり。このため高度成長期に国の主導で醤油製造業の改革が進められ、福岡県でも昭和41年に醤油醸造協同組合が設立された。同組合は筑紫野市に大規模な工場を建設して生産設備を集約。醤油の原液となる「生揚げ(きあげ)」の生産を協同で行うことにより大幅な合理化に成功し、多くの中小メーカーの存続に大きく寄与している。

浦野醤油醸造元でも先代の頃から生揚げの生産を組合に任せ、自社では火入れ作業や味の調整をするやり方に切り替えた。それでは醸造元の個性が出ないのではと思いがちだが、「醤油はわずかな塩分でも味が大きく変化する微妙なもの。丁寧に仕上げることで醤油屋の個性ははっきり出せるんです」と社長はいう。

そんな浦野社長も一度は醤油以外の道に進んだことがあった。「男の子は私ひとりでしたがあまり社交的でないですしね。商売には向いてないからと親父も無理には継がせようとしませんでした」

自動車産業に憧れてエンジニアの道を目指し、大学を卒業すると就職して故郷を離れた。しかし次第に老舗を継ぐ使命感のような気持ちが芽生えはじめ、社会人5年目に豊前に戻り家業を継ぐ決心をする。その頃はすでに生揚げ製造を協同組合に委託していたため、醤油造りを一から学ぶことにもさほど心配せずにすんだという。その後は父親について醤油造りを学び、なんとか無事に五代目を継いで今に至っている。内気な性格で「人付き合いは苦手」というが、地域のお得意さんを大切にしながらなんとかやってきた。


明るく活発な六代目の妻・若女将の敦子さんと、その挑戦を優しく見守る五代目の浦野惇美 社長。
まるで実の親子のようだ。

老舗に嫁いだ若女将がチャレンジ開始

そんな中、現在の若女将・敦子さんが息子のもとに嫁いで来たのは今から10年前の平成22年のこと。敦子さんは鳥取県の生まれで、大学を出た後にコーヒーと業務用食品の卸売をする会社に就職し、豊前に近い大分県中津市で働いていた時に顧客から「是非会わせたい」と六代目を紹介された。老舗醤油蔵に入ることについて「結婚する時は深く考えなかった」と笑うが、嫁ぎ先の商売を知るほどに興味が湧き、どんどん楽しくなっていった。

「初めて知る醤油や発酵の世界は新鮮で興味深いものでした。嫁いだ頃から義父や義母 が色んな商品を少しずつ造っては販売してみて、ダメだったらやめてまた新しいものを 企画するのを見ていたので、自分も何か考えようと思ったんです。家族経営の小さな会社ですが、何でもやりたがりの私にとっては逆に良かったかも。新しい商品のアイデアが浮かんだら、ちょっとだけ作って道の駅で売ってみることを始めました」と性分にぴったりの家に巡り会えたようだ。

こうして若女将となった敦子さんは、家業の醤油造りを学ぶ一方で醤油以外の商品開発にもチャレンジしていった。醤油の消費量が減り続ける今の時代、根強いファンがいるとはいえ、果敢に魅力ある商品を造らねば将来は生き残れないと思ったのだ。

まずは本業の醤油や麹、地域の特産品に関連した材料を使い「ゆず茶」や「鍋の味噌だれ」「ねぎ塩だれ」などを造っては道の駅などで販売してみたが、最初は失敗の連続。ほとんど売れなかったり、売れても手がかかり過ぎてコストが合わなかったりするばかり。しかし諦めずに続けるうちに、手応えを感じる商品もぼちぼちと現れ始めた。豊前市特産のゆずを使った「ゆずドレッシング」や「ゆずもろみ」は当初から人気商品であったが、自社製麹を生かした「塩麹ドレッシング」なども人気となり、安定して売れるようになってきた。

自社仕込みの本醸造醤油に挑戦中

一方で浦野一家は長らく途絶えていた仕込み醤油造りに想いをはせていた。

「すべて自社で造るのでたくさんはできないし、価格も上がってしまいますが、少量でもいいので浦野醤油にしかない醤油を造っていきたいんです」

そんな家族の思いに浦野社長も動かされ、自身も初めての醤油造りをともに挑戦することを決めた。全て自家製のプレミアム商品ゆえ購買層の嗜好も考え、材料は福岡県産の大豆と麦と塩にこだわることにした。

しかしながら生揚げからの醤油造りは手間も時間もかかる大変な作業だ。まず蒸した大豆と炒った麦を混ぜ合わせ、これに種麹(たねこうじ) を加えて数日寝かせると麹が出来る。これを食塩水とともにタンクに仕込んで「諸味(もろみ)」を造り、時々撹拌をしながら半年〜8ヶ月ほど寝かせる。するとその間に麹菌、酵母、乳酸菌などが働いて発酵・分解が進み、醤油独特の味や色、香りが生まれてくるのだ。これを絞った液体が生揚げ醤油。さらにアミノ酸や調味料を加えて味、そして塩分を調整し、加熱して火入れを行い、微生物の働きを止めて香りを出す。実際にはもっと細かな手間はたくさんかかるが、このような工程と時間をかけ、浦野醤油ブランドである「丸大豆本醸造醤油」造りの挑戦は今も続いている。

)につづく

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