冷めても美味しい唐揚げが大ヒット〜時代のニーズをつかむ発想で 食品と介護サービス事業で 地域を支えるグループ会社に【株式会社 唐十】(上)遊撃する中小企業 〜がんばってますけど、何か?

地域企業

株式会社 唐十 会長 髙山良二氏

昭和25年福岡県田川市生まれ。
20歳で独立 後、北九州市内で建築資材、レストラン、ビデオレンタル店、弁当FC店などを幅広く経営。その後唐揚げ専門店「唐十」を立ち上げ、介護事業や不動産事業も手がける。現在は唐十グルー プの会長を務めている。

株式会社 唐十
創業:昭和 45 年(有限会社高和商産)
事業内容:唐揚げおよび唐揚げ惣菜等の製造・販売
本社所在地:北九州市八幡西区
電話:093-644-6300
ホームページ:http://www.karajyu.co.jp
独自の製法で作った唐揚げと関連惣菜を販売する食品会社。現在福岡県を中心に持ち帰り専門店33店舗を展開中。従業員数380名(平成30年3月末現在)

弱冠20歳で建築資材会社を起業するも・・・

北九州市八幡西区に本社を構える株式会社唐十は、唐揚げを中心に惣菜などの製造・販売を行う食品会社だ。
現在北九州を中心に福岡・山口・広島などに 店舗を展開し、同社の製品は気軽に買って帰れるお惣菜として市民に親しまれている。
同社の特徴は独自の冷凍技術や製法により、 冷めても美味しい唐揚げや、冷たいまま食べることのできる唐揚げを作り上げたこと。このため家庭用のお持ち帰り需要だけでなく、贈り物やお土産等ギフト商品としても幅広いお客様に愛用されている。

現在でこそ北九州エリアでは広く名を知られる食品会社だが、そのスタートは全く別の業種から。
創業者で現在は会長を務める髙山良二氏が、昭和45年に建築資材の販売会社を開業したことに始まった。

髙山会長はもともと筑豊の田川に生まれたが、7歳の時に炭鉱閉山で衰退する故郷を離れ、製鉄で活気のあった八幡へと一家で移り住んだ。高度成長で建設業の景気が良かったこのころ、父は鉄筋やスレートなどの建材を販売する事業を始めて一家の暮らしを支えた。
髙山会長は高校を卒業すると、長男に嫁が来たのを機に家を出て独立。1年ほど地元のスーパー大栄などで働いたのち、昭和45年に小倉の徳力にて父と同じ建材販売の事業を起こした。

「事業といえば聞こえはいいですが社員は私ひとりだけ。トタン葺きのバラック小屋を3日で建ててもらいましてね、建設費は27万円でした。今思えば、ままごとのようなものですよ」と笑う髙山会長。
朝から晩まで工事現場を回って売り込み営業の毎日。しかし建築ブームの頃とはいえ、実績もない若者が簡単に注文を取れるはずもなく、半年後には資金が回らなくなってしまった。

一転、北九州一の売上に

「もうこのままじゃ餓死するな、という状態でしたね。最後に残ったのはわずか2千円 でした。その金でハガキを買いましてね、お客さんに向けて今でいうダイレクトメールを手書きしました。商品名の横に値段を入れるんですが、切羽詰まっていたので原価より安くつけたんです。まるきり損なんですが、そうしないと売れんだろうと思ったんですよ。その時はとにかく必死でした」

そのハガキを投函したところすぐに問い合わせが入り始め、ある左官さんから 150万円もの注文をいただいた。
ところが商品を仕入れようにも手持ちの現金がない。 必死であちこちの問屋に頼んで回ったところ、ある資材問屋が手形で出してくれたので、なんとか商品を納めることができた。その時の恩を会長は今でも忘れていないと話す。

安い建材はたちまち業者の間で評判となり、建材商として創業から2年と経たずに北九州一の売上を上げるまでになった。安売りの目玉商材と、利ざやを稼ぐ商品を併せて販売することで少しずつ利益も生まれた。
さらに資金ができると積極的に不動産投資を行って資産を作ったため、バブル期に値上がりした際には大きな利益をあげることができたという。

しかし、バブル期の前から建築ブームは徐々に下降線をたどり始める。時代の流れを 敏感に感じ取った髙山会長は、建築に代わる生業の模索を始めた。

「商売というのは不思議なもので、一生懸命やってると数年先の状態がなんとなくわかるんですよ。私たち中小企業は時代に合わせて変わらないと生き残れませんからね」と話す髙山会長。
成功体験にしがみつくのではなく、常に時代のニーズに合わせる柔軟性と決断力が勝負強さにつながっているようだ。

建材販売から食品事業へ方向転換

その頃髙山会長は軌道に乗っていた不動産業のほか、書店やビデオレンタル店にも経営の幅を広げていたが、特に力を入れたのが暮らしに密着した食品事業だった。
まずお 好み焼きレストランを小倉徳力に出店したところ、6年間で 100 万人の来場者という大成功を納めることができた。しかし人気店でもやがて飽きられるのが世の常であると考え、落ち始める前に売却して次の事業を検討することにした。

そんな時、運転中にふと目に留まったのが道路脇にできた行列である。当時北九州に初めて出店したばかりの弁当屋チェーン店であった。
暖かい弁当を買いやすい価格で販売する方針に感銘を受けた髙山会長は、すぐにFC本社に出向いて販売店契約を取得した。その後は25年余りにわたって北九州市内で5〜6店舗を経営し、堅調な売上で会社を支える大きな柱になった。

しかし順調とはいえフランチャイズ傘下では経営上の制約が多く、利幅も少ない。常に先を見据えて次の一手を打ち続ける髙山会長は、自社だけで行える食品事業を行って自社ブランドを作ろうと考え、商品開発に着手した。

「冷めても美味しい」オリジナル唐揚げの誕生

「北九州のまちで、お客さんに喜ばれる食品は何だろう」と考えるうちにたどり着いたのが、 弁当店で作り慣れていた唐揚げだった。
しかし 唐揚げは揚げたてこそ美味しいのだが、時間が経つと冷めたり汁が出たりして味が落ちてしまう。どうすればいつでも美味しく食べていただ けるか考えていた時、試しに小さめの唐揚げをフライドポテトのようにカップに入れ、スナック感覚で食べられるようにしてみた。するとこの商品が「冷めても美味しい」と好評だったため、ここから独自の唐揚げづくりがスタートした。

開発は髙山会長の弟で現在は社長を務める満夫氏を中心に社員一丸となって行われ、タレや粉の配合、揚げる温度や時間など、様々な組み合わせで試作を繰り返した。そうして地道な研究の末、ついに独自の風味と冷めても落ちないサクッとした食感を持ち、 汁だれも抑えたオリジナルの唐揚げが誕生したのだ。

まず当時開業したばかりのショッピングセンター「ザ・モール小倉」に出店するとすぐに行列ができる人気店に。わずか5坪の敷地ながら以後はずっと同モールの坪当たり 売上ナンバーワンを維持した。その後もショッピングセンター等を中心に次々に出店し、 現在は北九州エリアのほか北部九州と山口、広島まで33店舗を展開している。

商品は主力の鶏唐揚げ各種のほか、ピリ辛やあっさり味のチキンバー、地鶏めし、いもの唐揚げ、各種弁当、オードブルセットなどバリエーションも豊富。家庭用のお持ち帰りからパーティ、ギフト、お土産まで幅広い需要に対応できる構成になっている。

(下)につづく

この記事について

元気な中小企業は、地域の宝!
地域経済を牽引する数多くの中小企業のなかから、福岡・佐賀・長崎の元気企業を紹介します。
中小企業経営者の波乱万丈の物語から、地域に愛される秘訣、世界に誇れる技術など、企業と地域を元気にするヒントがここに!