70年続くロングセラー商品 伊万里焼饅頭を原動力に老舗和洋菓子がさらなる挑戦へ 【有限会社エトワール・ホリエ】(上) 遊撃する中小企業 〜がんばってますけど、何か?

地域企業

代表取締役 堀江あさ子

有限会社エトワール・ホリエ
創業:1900年(法人登録1982年6月1日)
事業内容:菓子製造販売
従業員数:22名
所在地:佐賀県伊万里市伊万里町甲585
経営理念:伝統工芸の町「伊万里」。その伊万里の歴史や文化を反映したお菓子作りを通して、全国に紹介する事

創業121年の和洋菓子店は、1900年、曽祖父がせんべい屋として開業

2020年、創業120周年を迎えました。2020年4月には120周年記念イベントを開催する計画を立てていましたが、コロナで取り止めました。伊万里でも感染者が出ましたので。お客様と町の安心安全を考えると、それが最善の判断だったと思います。

曽祖父が1900年(明治33年)4月に伊万里でせんべい屋を始めたのが最初です。彼は長崎県大村の出身。当時のこの辺りは、港町としてにぎわっていました。魚がたくさん採れて蒲鉾屋が多く、町を歩くと蒲鉾のにおいがプンプンしていたそうです。活気のある豊かな漁港だったのでしょうね。この場所ならと思い、伊万里での開業を決めたと聞いています。

主人の家の家業で、曽祖父から、祖父、義父と続いて主人が4代目。残念なことですが、主人が2017年に亡くなりまして、妻である私が5代目を継ぎました。社長である主人が製造と経営を担当していて、私は販売を担当していただけですので、社長を引き継ぐのは大変でした。3年目(取材時)になりますが、まだ慣れません。でも、120年の歴史と暖簾は何とか守らなければと思い、努力しています。

創業当時の屋号は、ホリエ菓子店でした。1975(昭和50)年に、現在地に本社と工場を移し、現在の屋号、有限会社エトワール・ホリエに改名しました。名前を決めたのは義父で、フランスのエトワール広場のように、皆さんが集まってくださるお店にしたいという思いを託したと聞いています。

戦死した兄たちに代わって、戦後すぐに、義父が3代目を継ぎました。曽祖父が最初に作ったのはせんべいで、それから和菓子なども作っていましたが、戦後はバターなどの洋菓子の素材が入るようになりました。これからはお菓子作りも変わっていくと時代の変化を感じ取った義父は、戦後すぐに、東京製菓学校の前身に入って洋菓子作りを学びました。そして伊万里に帰り、シュークリームを作ったそうです。いつか、伊万里を代表するお菓子を作りたいという夢を持っていました。

伊万里焼饅頭は2021年に70歳。名実ともにナンバーワンのロングセラー商品

その夢がカタチになったのが、伊万里焼饅頭です。1951(昭和26)年に生まれましたので、2021年に70年目を迎えたロングセラー商品です。饅頭という名前が付いていますが、カステラ生地で黄身餡をくるんだ和洋折衷菓子です。陶磁器の釉薬(ゆうやく)の表面にできるひび割れを、貫入(かんにゅう)と言います。陶磁器鑑賞上の見どころのひとつですが、義父は伊万里焼饅頭の上面にこの貫入に似たひび割れを作ることに成功しました。焼き物の町、伊万里に相応しいお菓子になったと自負しています。当社は焼き菓子と生菓子の比率が8割対2割。伊万里焼饅頭は焼き菓子の売上の9割を占め、名実ともに当社を代表するお菓子です。2017年の6月には、日本航空国内線のファーストクラスのデザートにも採用されました。

義父はアイデアマンでした。伊万里焼の名前を自社の個別の商品に使うのは今ではできませんが、伊万里焼饅頭の名前をずっと使えるようにしたのは義父の功績です。他にも売上2位の「古窯(こよう)の都(さと)」や、3位の「古伊万里」、「陶磁の道」「伊万里津」なども、義父が名前を付けました。伊万里湾の場所は知らなくても、伊万里焼や、江戸時代の伊万里焼を指す古伊万里という言葉は知らない人がいません。伊万里焼饅頭は、伊万里の人が東京や大阪に出張される時のお土産として選ばれ続けています。ありがたいことです。

新商品開発の勉強会に参加

主人とはお見合いで一緒になり、お菓子作りと会社経営は主人が担い、私はお店の販売で手伝ってきました。ですから、1年10か月の闘病生活を経て2017年9月に主人が亡くなった時は正直途方に暮れました。でも、やめようとは思いませんでした。主人も無念だったろうと思いましたので。それから、曽祖父から築いてきた信用もありますし、この暖簾は守らなければと思いました。しかし、なかなか元気が出ませんでした。

実は、主人が健在だった時に伊万里信用金庫さんから、新商品開発の勉強会をしないかと誘われていました。しかし、病の判明により頓挫しておりました。主人が亡くなってから3か月が経った年末に中山理事長さんが改めて声をかけてくださいました。「どうや、少しは元気になったやろ」と。私は「まだです」と答えました。中山理事長は手がかかるな、と思われたでしょうね。でも再度「年が明けたら、信金とエトワール・ホリエの商品開発の勉強会をしよう」と誘ってくださいました。伊万里信金の商品開発アドバイザーの 平松さんからは、まず、伊万里焼饅頭の新しいバージョンの新商品を考えてみましょう、というお話をいただきました。私は義母に相談しました。伊万里焼饅頭は、義父が作り義母と育てた商品でしたから。義母の答えは、「よかよ」でした。

(下)につづく

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