2万坪の山林を舞台に豊かな自然を楽しむ宿泊観光づくり グローバルニッチ戦略で未来を拓く【そのぎ茶温泉株式会社】(下) 遊撃する中小企業 〜がんばってますけど、何か?

地域企業

取締役会長 矢野義範

そのぎ茶温泉株式会社
創業:2020年4月1日
事業内容:温泉旅館
従業員数:18名(パートを含む)
所在地:長崎県東彼杵郡東彼杵町一ツ石郷字杉ノ尾981
経営理念:観光業として地域経済に貢献する

お客様の満足度を高めるための客室の工夫

海外の方にとって、日本の旅館のスリッパはなかなか馴染めないようです。海外では靴を履いたまま家の中に入るのが普通ですし、靴を脱ぐのは寝る時だけという国が多いですから。よって、当館の客室にはスリッパは置いていません。玄関で靴を脱いだ後はスリッパなしで過ごしていただいています。畳以外の床の部分は檜材になっていますので、素足で檜の木肌を感じていただければと思っています。

当館の建築は、全て木材で壁は漆喰塗り。新建材は使っていません。こういうところにもこだわっていますので、新建材が体調に影響を与える方にも安心して泊まっていただけます。

カブトムシは重要な観光資源

去年(取材時)の夏、お客様とのやり取りでこんなことがありました。虫かごと虫捕り網を持った男の子とお父さんが、長崎から泊まりに来られたのです。しかし、泊まられた時期はカブトムシが出る直前で、お子さんが捕られたのは残念なことにクワガタだけでした。チェックアウトの時に、そのお子さんに「カブトムシが捕れなくて残念でしたね。今度送ってあげますよ」とお話しました。

そして後日、カブトムシを送って差し上げますと、お父さんから手紙が届きました。「カブトムシを送っていただいたおかげで子どもが喜んでいます。毎日子どもとカブトムシで遊んでいます」と。カブトムシと遊ぶ写真も同封されていました。それで、これは子どもさんたちのための夏休みの体験観光メニューになると気が付きました。

この敷地の中でもカブトムシが育ちます。菌床栽培で椎茸を育てていますが、椎茸が出なくなった菌床を山に放っておくと、その菌床にカブトムシが卵を産み付けます。去年の夏は、30匹ほどをお客様に差し上げました。今年は、もっと大々的にやるつもりです。実際にカブトムシも捕ってもらいたいなと思っています。

2万坪の山林に理想の宿泊施設を作る

カブトムシは一例に過ぎません。2万坪の山林の中に建つ温泉宿の周囲の自然の豊かさは、知恵と発想次第でさらに魅力ある観光資源になります。この2万坪を活用して、ゆったり過ごせる宿泊施設を完成させるのが私の夢です。

現在までに完成したのは、13の客室と食堂と大浴場、それに2つの露天風呂などを含む宿泊施設です。客室は全て居間と寝室に分かれていて、温泉は内風呂と露天風呂の2つを楽しめるようになっています。客室から独立した2つの露天風呂が林の中にあり、家族風呂として使っていただいています。これらの宿泊関連施設が、2万坪の4分の1程度を占めています。残りの土地には、果樹園や山野草園、野菜畑、水田、椎茸の栽培場、鶏舎などを作っています。水田で作る米や畑で採れる野菜、果樹園で育つ果物、それに鶏舎で産まれた卵などは、季節ごとの宿の食事の材料となっています。この土地で採れたもの、生産されたものを、宿での食事やお土産などにして活かしていくつもりです。

お客様には、とても好評です。都会暮らしの人々の中には、野菜やフルーツや椎茸がどんなふうに育っているか見たことのない方も大勢いらっしゃいますから。このように、2万坪の山林全体を、参加型・体験型の宿泊観光施設に仕上げていきたいと考えています。具体的に言いますと、季節の野菜や果物をお客様に収穫していただくとか、水田で田植えや収穫を体験していただき、収穫したお米は後日ご自宅にお届けするとかを考えています。果樹は、この冬から植え込みをしましたので、実がなるにはまだまだ年数がかかりますが、一旦実れば、お客様が収穫を楽しめますし、もぎたてのフルーツを食べていただけます。そのフルーツでジャムなどを作れば、お土産として販売することもできます。椎茸もお土産になります。この敷地で採れる農作物を加工して、お土産を作ることができます。まさに地産地消の加工食品作りにもなります。

温泉付きグランピング施設作りや果樹園の整備など、まだまだやることは沢山ありますが、しっかり整えて、地域の経済に貢献できる宿にしていきたいです。

【若林宗男のココに注目!】

ビジネスホテルの経営に飽き足らず、2万坪の敷地に新たに温泉を掘って理想の温泉宿を追求する70歳(取材時)。しかし、単なる夢物語ではない。

ビジネスホテルの経営の経験と、全国各地の理想の温泉宿を見て回った経験が裏付けとなっている。「観光業の旅知らず」という言葉がある。観光施設の経営者や従業員が忙し過ぎて旅に出られず、同業他社の施設やサービスを見る機会がないことや、接客業の当事者が実際に客の身になった経験が少ないことなどを表現した言葉だ。

そのぎ茶温泉「つわぶきの里」の創業者で現取締役会長の矢野義範さんは、ビジネスホテルの将来を見定め、ビジネスホテルより高単価の温泉宿を目指したが、その構想を具体化した5年前から実際に旅をして理想の温泉宿を探し求めた。この旅の経験が、つわぶきの里には生きている。

客室のスリッパを廃止し、客室の一つひとつに内風呂と露天風呂の2つを備え、クレジットカード決済を導入し、インターネットを整備して宿に直接予約できる仕組みを整える。さらに、社長自らお客のクレームへの返信を書くなどは、客として旅をしてきた経験からの判断だ。

コロナ禍が続く中で、三密を避けることが普通になっているが、これにより、団体旅行から少人数旅行や個人旅行へのシフトが早まることになる。そういう中で、離れ形式の宿は、客室が独立しており、建物の間の移動は屋外を通ることになるので三密を避ける効果が高く、需要が高まることが見込まれる。つわぶきの里は、広い土地が使える地方における宿泊施設の新しい取り組みのモデルになるかもしれない。

《ポイントまとめ》
ターゲットを絞った少人数高単価戦略

1.広大な土地にあえて少人数しか宿泊できない施設を作る。
2.全国各地の温泉宿を見て回り、客の視点から理想の宿泊施設作りを追及。
3.支払いのデジタル化やスリッパの廃止など、顧客の満足度を考えたサービスを提供。
4.あえて素人のスタッフを雇い、一から自社の接客スタイルを構築。
5.自然豊かな土地を活かした参加型・体験型の観光施設を目指す。

(おわり)

この記事について

元気な中小企業は、地域の宝!
地域経済を牽引する数多くの中小企業のなかから、福岡・佐賀・長崎の元気企業を紹介します。
中小企業経営者の波乱万丈の物語から、地域に愛される秘訣、世界に誇れる技術など、企業と地域を元気にするヒントがここに!