JR九州のななつ星に採用されて世界が変わった チーム大川は、職人仕事の働き方改革だ 【木下木芸】(上) 遊撃する中小企業 〜がんばってますけど、何か?

地域企業

代表 木下正人

木下木芸
創業:1990年3月3日
事業内容:組子を生かした建具・インテリアの製造
従業員数:2名
所在地:福岡県大川市向島1037-1
経営理念:お客様のことを第一に考えて仕事をする

大川組子がななつ星に採用され、全国の建具屋、組子屋が元気になった

大川組子は、JR九州の富裕層向けクルーズトレイン「ななつ星 in 九州」の車内のインテリアとして採用されました。それまでも組子のPRをしてきましたが、全く広がりませんでした。組子という言葉もだれも知らなくて。組子ですと言っても「奥さんの名前?」くらいの話で。これ、本当の話なんです。残念なことに、うちの嫁さんはくみこじゃなくてみちこですけど(笑)。デパートなども回ってPRしましたが、全く普及しませんでした。

ところが、8年前(取材時)にデザイナー・水戸岡鋭治先生とのご縁を得て、ななつ星に採用していただいたおかげで、日本全国の組子屋、建具屋が元気になり、おかげさまで組子が日本全国で知られるようになりました。最近のテレビのニュース番組では、どの局の美術セットにも組子の「麻の葉」が必ず入っているように思われるほどです。本当に喜んでいます。

前日光と呼ばれる栃木県鹿沼市にて住み込みで修行

父が大川で建具屋をしていました。私は父の背中しか見てなくて、幼い頃から建具屋になろうと思っていました。中学を出てすぐに丁稚奉公に行きたかったんですが、高校を出てからと言われ、地元の工業高校を卒業します。それから栃木県の鹿沼市、前日光とも呼ばれる関東の建具の産地ですが、そこの建具屋に住み込みで丁稚奉公に入れていただきました。

丁稚奉公は徒弟制度で、最初の給料は、1か月1万円でした。それで国民健康保険料を支払い、日曜日のご飯を賄います。でも、自分たちは仕事をしに行っているんじゃなくて、仕事を覚えに行っているんですよね。本当だったら授業料を払わなきゃならないところを、ただで教えてもらっているんです。私たちが親方から習う時、親方の仕事の手は止まります。親方の会社としたらマイナスです。だからとにかく、仕事を覚えるのに必死でした。

ある時、その建具屋に地元の組子屋が組子を持って来ました。その時が、私の組子との初めての出会いでした。鳥肌が立ちました。一体だれが作ったの、神様じゃないのと思うほどの衝撃でした。組子を作りたいと心底思いました。

しかし、建具屋の丁稚奉公の年季が明けないと、組子屋の修行には入れません。ありがたいことに、その組子屋と知り合いになれて、休みの日には遊びに行くようになりました。 遊びで行くんですが、掃除なども手伝いました。そうして通ううちに、かわいがっていただくようになりました。建具屋の年季は3年ですが、2年目になった時に「弟子にしてください」と組子の親方にお願いして、丁稚奉公に入れていただきました。休みの日に通うお付き合いの中で、認めてくださったのだと思っています。

組子職人の修行は10年人並と言われます。10年修行して、やっと人並みにできるようになります。でも、修行にはきりがありません。生活のスタイルも変わっていきますし、新しい時代にも対応していかなきゃいけませんから、今も勉強中です。

開業から30年 木下木芸が目指しているもの

大川に戻って、8年間は下請けでした。それから独立して木下木芸を設立したのが30年前(取材時)です。当時の大川にも組子職人はいましたが、仕事を見せてくれるとか教えてくれるという環境はなかったです。技は全部隠して、同業者が来ると、仕事場を風呂敷でさっと隠すほどでした。私はそれを全部変えてやろうと思っています。当社は全てオープンです。同業者にも全部見せています。技を伝えていかなければいけないと思うからです。

木下木芸の目指すものは、モノを作るだけじゃなくて、お客様が欲しいものをお客様から引き出して、お客様が喜ぶ形に仕立て上げて、気持ちよく購入していただくことです。私がよいと思うものじゃなくて、お客様が欲しいものに私たちが寄って行ってこそ、お客様が喜ぶように作れます。お客様が喜ぶのが一番大事です。つまり、当社の商品は、フルオーダーの注文建具なんです。

大川という町は、木材の集積地であると同時に家具や建具の産地でもあります。1軒だけでは産地にはなりません。集積地だから産地になるんです。木材だけではなく、職人も技術も集積しないと発展しません。ライバルがいることによって競争が生まれ、技術が磨かれます。その結果、きれいなものが早くできるようになります。早くできれば値段も下がります。そこが、集積地の一番の特徴です。大川は日本一の家具の産地として知られていますが、建具も日本一です。ですから、組子も日本一の産地になれれば、大川はもっとよくなると思います。

最近の若い人は、建具と書いてあってもケングと読みます。畳屋はタタミヤさんと言われるけど、建具屋はケングヤさんと呼ばれます。ホントに悲しい。それぐらい知名度が低いんです。だから、建具に興味を持つ若者を作らないとダメです。

そこで、地元の小学校や高校で教えています。高校は工業高校で私の母校ですから、正直ちょっと元気の良い学校で、先生方から今年はちょっと悪いよなどと言われるんですが、実際はいい子たちです。3時間の授業で途中に休み時間を挟みますが、「はい休憩」と言っても手を止めない。モノづくりの好きな子が集まっているのでしょうね。本当に黙々とやっています。それはうれしいことです、ホントに。卒業後、建具屋になったのが10人。中には一級の国家資格を取った子もいます。組子に発展してくれる子が出ることを願っています。

(下)につづく

この記事について

元気な中小企業は、地域の宝!
地域経済を牽引する数多くの中小企業のなかから、福岡・佐賀・長崎の元気企業を紹介します。
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