手作り、無添加の饅頭作りで72年 甘酒饅頭は創業以来変わらぬ味 お店を大きくしないことが繁盛の秘訣 【後藤の饅頭】(上) 遊撃する中小企業 〜がんばってますけど、何か?

地域企業

代表 後藤裕樹

後藤の饅頭
創業:1948年
事業内容:菓子製造業
従業員数:4名
所在地:福岡県田川郡香春町大字中津原 1050
経営理念:笑売と商売、短気は損気、急がば回れ

昭和23年創業、今年で72年目となる饅頭屋

「後藤の饅頭」という屋号の饅頭屋です。昭和23年に祖父が創業し、今年で72年目(取材時)です。 創業者の祖父が作った甘酒饅頭が主力商品で、祖父が作ったレシピ通りに今も作り続けています。添加物を一切使わずに手仕事で饅頭を製造し、販売しています。価格は、饅頭1個130円です。

祖父が始めた店を叔父が引き継ぎ、孫の私が継ぎました。自分が3代目です。店の名前が「後藤の饅頭」というように、後藤家の家業です。身内だけでやってきました。これからも身内だけでやっていきます。

昭和の時代、この辺りは炭鉱の町として栄えていました。祖父は大分出身なんですが、戦後すぐに隣町の伊田に来て、せんべい屋としてスタートしたと聞いています。炭鉱の町で人口も多かったですから。特に炭鉱夫の人たちは、労働の後、甘いものを好んだということで、甘いものを売った方がよいのではないかと、饅頭を作り始めたと聞いています。

祖父が作った甘酒饅頭が人気商品 手作りで無添加

主力商品は、祖父が作った甘酒饅頭です。祖父が作った時のまま、材料も変えていませんし、レシピも全く変えていないです。何かを変えたら、もう味が変わってしまいますから、この甘酒饅頭に関しては絶対に変えません。おじいちゃんが作った時のままの味とレシピと作り方を守っています。あんこも生地も全部手作りです。添加物も入っていません。一番の売れ筋は甘酒饅頭。やぶれ饅頭やあんなしまんじゅう、それに季節によっては「がめの葉」などを作っています。「がめの葉」は、葉っぱにくるんだ餅のお菓子です。これらを合わせて1日に200個から300個作っています。

甘酒饅頭は生地を発酵させなくてはいけません。発酵させないでいきなり餡を生地でくるんで蒸してしまうと、饅頭というのは潰れてしまうのです。ですから、まずは生地を発酵させて、それで餡をくるみ、少し寝かせてから蒸して完成します。全体で10時間かかります。私は毎朝2時半に起きます。そして工房に入って午前3時から仕込みを始め、13時に商品が出来上がります。商品が売り切れたら、その時点で閉店します。閉店時間は17時と決めていますが、閉店前に売り切れになることが多いです。だからと言って、それ以上は作らない。毎日無理なく続くことが大事と思っています。

お店を大きくするな! 守り続ける祖父の遺言

お店を大きくするな、というのが祖父の遺言でした。それを守っています。後藤の饅頭がこの地で72年も続けられたのは、お店を大きくしなかったからです。長く続くと店舗を増やしたり、広げたりするところがありますが、うちは祖父の遺言があるので、派手にしない、大きくしないということを大事にしてきました。祖父は言っていました。お店は一個でよい、一個のお店で多くを売りなさい、と。

創業者の祖父と2代目の叔父のおかげで、地元の香春町や田川では「後藤の饅頭」を知らない人はいないほどです。ありがたいことです。祖父の代からのお客様や叔父の代のお客様がまだまだたくさん買いに来てくださいます。

叔父の葬式の夜、承継を決心

後藤の饅頭を継ぐことを決めたのは、今から10年前(取材時)、叔父が亡くなった時です。葬式の席で決めました。身内を見回した時に、男で跡を継げる働き手となると、私しかいなかったからですね。じいちゃんが始めて、叔父と叔母が継いで守ってきた店をつぶすわけにはいかないと思いました。じいちゃんが苦労して甘酒饅頭を作ったことは、子どもの時から聞いてきましたから。それまでは関東でサラリーマンをしていましたが、ふるさとに帰ってきました。

警備会社のセキュリティアドバイザーという仕事をしていました。饅頭屋を継ぐことは全く予想しておらず、ずっとサラリーマンを続けていくつもりでした。でも、長く続いている店ですし、もう僕しか継げる人はいなかったので、東京でサラリーマンを続けるよりこっちに帰って来て自分でひとつの仕事をしていく方がいいかなと思って、踏ん切りをつけてこっちに帰ってきました。

帰ってきてもすぐに跡を継げたわけではありません。叔母からも、継ぐのは修行して商売のやり方を覚えてから、と言われましたから。最初はこの店で修行しました。そして、1年後には実家の車庫をつぶして、自分の工房と店を作りました。後藤の饅頭の姉妹店の甘樹堂(かんきどう)と名乗って、道の駅への卸売りをしました。後藤の饅頭の姉妹店ということで、売れ行きは悪くはなかったです。そういうこともありがたいことでした。

右も左も分からない状態でこっちに帰ってきてすぐにやるよりは、修行の期間にある程度の経験を積んでから、饅頭屋を継げてよかったです。そして、叔母が80歳になったのを機に、この「後藤の饅頭」を継ぎました。甘樹堂を始めてから8年が経っていました。後藤の饅頭を継いでから2年(取材時)になります。

72年のお客さんの蓄積

祖父の代から通ってくださっているというお客さんも、叔父の時から来てくださっているというお客さんもいらっしゃいます。長年ずっと来られているお客さん、リピーターの方が今もたくさんいらっしゃいます。おじいちゃん、おばあちゃんと言いましょうか、年齢層の高い方が来てくださっています。私が跡を継いでお店が続いていることを、よかったっておっしゃってくださるお客さんも多いです。

お店に来られるお客さんの年齢は高いですね、70歳から上の方が多い。90歳を越えている方もおられます。うちのおばあちゃんは後藤の饅頭のファンだから、おばあちゃんが元気な間は後藤の饅頭、と決めているというお客さんも多くおられます。

高齢のお客様が多いので、その人たちが卒業したらどうするの、と心配してくださる方もいらっしゃいます。でも、おじいちゃん、おばあちゃんの次の世代の方々も、年をとったら自ずとうちへ饅頭を買いに来てくれるのではないかなあと思っています。お店でお客さんと会話をすることが多いのですが、お客さんのお話を聞いていると、そんな気がします。甘いと言われるかもしれませんが、年相応の好みというものがありますから。

とはいえ、高齢の方ばかりではありません。若い方もいらっしゃいますよ。高齢の方と若い方と、比率は半々です。

)につづく

この記事について

元気な中小企業は、地域の宝!
地域経済を牽引する数多くの中小企業のなかから、福岡・佐賀・長崎の元気企業を紹介します。
中小企業経営者の波乱万丈の物語から、地域に愛される秘訣、世界に誇れる技術など、企業と地域を元気にするヒントがここに!