倒産寸前からの復活を支えた介護事業 年間124日 業界一休みが多い会社が介護業界のデジタル化に取り組む 【株式会社 丸屋】(上) 遊撃する中小企業 〜がんばってますけど、何か?

地域企業

代表取締役社長 家迫崇史

株式会社 丸屋
創業:1953年10月
事業内容:物品賃貸業(寝具類のレンタル&リース、福祉用具貸与事業、 介護用品の販売、介護リフォーム、通所介護事業)
従業員数:66名
所在地:福岡県春日市昇町3丁目164番地
経営理念:和の精神、愛の精神、誠の精神

創業の地は福岡市薬院 貸し布団屋から出発

当社の創業は1953年。戦前に満州で呉服屋をやっていた創業者が戦後引き揚げて来て、薬院で「まるや」という貸し布団屋を始めたのが始まりです。現在は福岡県春日市に本社を置き、布団のレンタルとメンテナンス、介護用品のレンタル、介護事業などを展開しています。3代目までは同族経営でした。私は同族ではありませんが、引き継いで4代目の社長を務めています。

創業家以外からの最初の社長 入社して15年で社長に

私は工業高校を卒業した後うまく仕事が続かなくて、20歳の年に入社しました。 1998年、23年前(取材時)ですね。以来、がむしゃらにやってきました。

入社した時に衝撃的だったのは、ライフプラン設計という自分の人生を考える1日がかりの研修を受けたことです。現会長がまだ専務の頃でした。私は手を上げて質問したのです。「この会社で社長になるチャンスはありますか」と。そしたら「チャンスはだれにでもあるよ、人それぞれの頑張り次第だね」と答えてくださいました。その言葉が印象に残り、頑張ろうと思いました。本当に何も考えてなかったのですが、何歳で結婚して、子どもはこれぐらい、支店長になって、部長になって、そして35歳で社長になると書きました。実際は35歳で常務になり、1年後に専務になり、39歳で社長になって、代替わりをさせていただきました。

新たに始めた介護事業が復活を支えた

正直に申しますが、私が入った当時はとんでもなくひどい会社でした。入社して3年目には、債務超過になっていました。その時に信金さんとの出合いがありまして、信金さんの企業支援室の第1号に認定されました。我が社が今あるのは、本当に信金さんとの出合いのおかげだと思います。 私の最初の勤務は北九州支店で、布団の配達と営業を担当しました。5年目に福岡の本社に移り、新規事業の介護事業を担当しました。当社が介護事業に取り組んだのは、介護保険制度の法改正が施行された2005年です。やめたほうがいいよとか、今後は儲けがないよとか、大反対されながらのスタートでした。実際、お客様を回っても全く注文が取れませんでした。営業には自信があったのですが、どこへ行っても相手にされず、木っ端微塵にされるような状態でした。

すでに市場ができ上っていたので、新規参入は大変でした。レンタルの営業先は、ケアマネージャーです。この方にはベッドが必要です、このお宅には手すりが必要です、というケアプランを作るケアマネージャーがお客様なのです。ケアマネージャーに会いに行っても、もう決まっているところがあるからと言われてしまいます。そうなると、取り付く島がありませんでした。ただ、この年の法改正で、それまではいわゆる老人ホームへの営業は社会福祉法人しかできなかったのが、一般の営利企業も参入できるようになりました。当社は、社会福祉法人に対する寝具のレンタルリースをやっていたので、そこを伸ばすことにしました。ここでお客様が広がりました。

この業界自体に既得権益が色々とあり、営業をかけただけでバッシングを受けることもありました。しかし、普通の営利法人同士になればコンペになりますし、サービスの優位性の提案を見ていただけるようになります。提案型の営業ができるようになり、これが非常にはまりまして、多くの介護施設さんとお仕事をさせていただけるようになりました。

大事にしているのは、モノを売ることよりも貸すこと

当社の売上は、在宅介護事業と布団のレンタルが半々で、在宅介護事業の中ではレンタルが7割を占めています。これからの成長分野は、この在宅介護事業です。高齢化社会にどんどん向かっていますから、市場自体がまだまだ伸びます。元気なアクティブシニアと言われる方も、どこかでこの介護の入り口をくぐることになります。その時、最初にサービスを受けるのが在宅介護です。ヘルパーさんに来てもらったり、デイサービスに通ったり、今まで床に布団を敷いて寝ていたのをベッドに変えて、離床をやりやすくしたりします。在宅介護はこのような事業なので、これから先、市場はまだまだ膨らみます。

商売は物売りじゃないよ、と先代は言います。物売りは売ったら終わりですが、当社が大事にしているのは、物を売ることよりも貸すこと。貸して長くメンテナンスすることです。商品のライフタイムが重要なのです。売ったら終わりですが、貸したら長続きします。お客様とのお付き合いの継続が、価値を生むのです。

社員にやめることのリストを出させた

生産性の向上が最大の課題です。社長に就任した時に、私は残業を廃止しました。有給休暇の取得が義務化される前に、早めに対応すべきと考えたのです。

社長に就任した時に、私は社員に「やめることのリストを作ってほしい」と言いました。「現場レベルで、面倒くさいことは何でも書いてよ」とか「これ無駄ということがあったら教えてほしい」と話して、「やめることリスト」を全員に配り、なんでもいいから書いてくれと頼みました。すると、「遠くの配達をやめたい」「伝票を2枚も3枚も書くのは面倒くさい」といった意見が出てきました。それへの私の返答は「やめていいよ」。社員が「本当にやめていいのですか」と驚いて確認するぐらい、いろんなことをやめていきました。 やめることによって、夜の8時9時まで残業をやっていたのが、6時の定時に帰れるようになりました。これは大きな業務改善となりました。

介護の世界は、サービス残業が多いのです。「あなたのサービスが行き届かなかったら、このおじいちゃん、おばあちゃんはどうなると思うのですか」と言われると「どこまでもやってあげなきゃ」という気持ちになる。でも、そういう気持ちになったら、いけないのです。仕事がきつくて、賃金が安くて、ボランティア的なものという介護のイメージがまだまだ強いわけです。そこを変えていかなくちゃいけません。

(下)につづく

この記事について

元気な中小企業は、地域の宝!
地域経済を牽引する数多くの中小企業のなかから、福岡・佐賀・長崎の元気企業を紹介します。
中小企業経営者の波乱万丈の物語から、地域に愛される秘訣、世界に誇れる技術など、企業と地域を元気にするヒントがここに!