人生さえも変える体験を 多くの人々に伝えたい 地域住民と作り上げる 市民参加型のミュージカル 【有限会社 劇団ドリームカンパニー 】(下)遊撃する中小企業 〜がんばってますけど、何か?

地域企業

代表取締役 德満亮一氏

昭和37年鹿児島県姶良郡隼人町(現・霧島市隼人町)生まれ。
大学を卒業後、役者を志望して福岡の劇団に入る。平成3年に独立してドリームカンパニーを設立。
現在はプロデューサー・演出家・脚本家とマルチに仕事をこなしつつ、地方に出向いては地域の人たちを指導する日々を過ごしている。

全国各地で上演中の「ハロー、天使です!」美しい衣装を着ることができるのも人気の秘密だ。

有限会社 劇団ドリームカンパニー
創業:平成3年
事業内容 :ミュージカル・各種演劇の制作
本社所在地:福岡市
電話:092-651-1094
HP:http://www.dream-company.net

福岡市東区を拠点に活動しているオリジナルミュージカル創作集団。
幼児からお年寄りまで楽しめる作品を全国各地で企画・公演中。
特に住民参加型ミュージカルの制作・プロデュースを得意とし、九州各地の地域づくりに貢献している。

)からのつづき

市民参加型ミュージカルが生む感動

そんな中、德満氏の元に故郷の鹿児島県隼人町から「地元で町民参加型のミュージカルをやりたいので協力してもらえないか」という電話がかかってきた。平成16年に隼人町が合併50周年を迎える記念事業として企画されたもので、翌17年に同町は平成合併で霧島市に変わるのが決まっていたことから「最後に町民が一体となって何か成し遂げたい」という思いのこもった行事であった。

「しかしミュージカルをやりたいという意思はあっても、田舎の町ゆえ誰も観たことがないし、誰に頼めばいいのか皆目分からない。困った町の担当者が気分転換に床屋へ行った際、店主に『そんな知り合いはいないよね』とこぼしたら、その床屋がたまたま僕の従兄弟だったんですよ」と笑う德満氏。

そこからはトントン拍子に話が進み、平成16年8月の公演に向けて制作がスタートした。まず必要なのは脚本である。德満氏は半年の間、隼人町に通って歴史や文化、自然などを詳しく調べ、それを土台に「ひかるの夏〜風と光の故郷〜」という作品を書き上げた。それは隼人町に住むある家族が、タイムスリップにより隼人町の様々な時代をたどっていく中で、家族の絆を取り戻してゆくというストーリーだった。

町民から募集された出演者は、演技の経験など全くない素人ばかり。小さな子供からお年寄りまで、世代も職業も様々だったが、德満氏の指導のもと一生懸命稽古に取り組んだ。その甲斐あって本番の舞台は大成功。約2時間のステージでメンバーたちはのびのびと自身の個性を表現し、幕が下りると互いに抱き合って号泣したという。

「最初は声が出ない子もいるのですが、頑張っているうちに自分の殻を突き破っていくんですよ。やがて声が出るようになって、周囲の仲間とも笑顔で話せるように変わってゆく。小さな成功体験を重ねることで芽生えた自尊心が、公演が終わった後もしっかり残って、いわば自分自身の中に革命を起こしていきます。そこが市民ミュージカルの素晴らしさだと思います」

九州を舞台にした壮大なドラマ「九州浪漫」感動のフィナーレ。

故郷に根付いたミュージカルの文化

素晴らしいステージは観た人・演じた人すべてに大きな感動をもたらし、次のアクションにつながっていく。出演者を中心に「この1回で終わるのはあまりにもったいない」と感じた人たちが集まり、市民団体「はやと創造舞台」を結成。「ひかるの夏」公演の翌年に劇団ドリームカンパニーを招いての公演を開催した。その後も演劇招致やライブ開催などの活動を継続し続け、平成21年には再び德満氏の指導のもと「ひかるの夏2010〜龍馬からの伝言」を自主制作して公演。その後も毎年市民ミュージカルを開催し続け、地方都市には珍しい演劇の文化をしっかりと根付かせている。

「これまでやって来られたのは、ひとえに德満さんのおかげです」と語るのは、現在「はやと創造舞台」から合併後「きりしま創造舞台」に改名したNPO 法人の代表を務める 地蔵原勇氏。自身も「ひかるの夏」に出演したのを機にミュージカルの持つ力に魅せられ、その後はプロデューサーとして地域の人づくり・まちづくりに貢献している。

「德満さんのミュージカルを見ると、町民でさえ知らなかった町の歴史や、気づいてなかった素晴らしさを知ることができるんですよ。何より素晴らしい点は、誰もが主役になれるということ。出演者すべてにきちんとした役割やセリフがあって、全員がステージで輝くことができるんです。そして演じた後はみんなに『生きる力』のようなものが湧いてきて、不登校の子が学校に行くようになったり、引きこもっていた大人が外に出て働くようになったり、そんな不思議なパワーを持っているんです」

こうした芸術活動の効果が知られると、企業や団体を中心に次々と協力者が現れるようになり、今では霧島市内外から70社を超える団体が「サポート会」を結成して、きりしま創造舞台の活動を支えている。

「いつかは東京のサンシャイン劇場、そしてニューヨーク・ブロードウェイで公演するのが德満さんと一緒に描いている夢です」という地蔵原氏。德満氏との出会いにより、人生が大きく変わったひとりだ。

各地で芽吹き、花開く芸術の種

隼人町での経験は、德満氏にとってもひとつの節目となった。演劇が人や地域を変える力を改めて感じ、その後の劇団の方向性にも影響を与えてゆく。隼人町の次には福岡県宮若市から声がかかり、合併記念ミュージカル「朱き燃え石」を制作。ここでも心動かされた市民の間で演劇文化が根付いた。

さらに福岡県太宰府市、筑紫野市、春日市、大野城市、那珂川市、新宮町や中津市、田川市、日田市、鹿児島県薩摩川内市などでも市民参加型ミュージカルを指導して、この分野では誰もが知る存在になった。そしてますます劇団ドリームカンパニーの名を全国へ広めた作品が、平成19年に初演した「ハロー、天使です!」である。これは家族や将来、人生に悩む孫娘に、天国から降りてきた祖父が再び前を向く力を与えていくという物語で、現代社会で生きる若者たちに共通する問題が描かれていた。この作品は平成21年より文化庁「本物の舞台芸術体験事業」に採択され、以後劇団ドリームカンパニーは8年間にわたり全国192会場で上演。各地で多くの人の涙を誘い、勇気と希望を与えてきた。

德満氏がこれまでまいてきた芸術の種は現在あちこちで芽を出し、それぞれのミュージカル文化が花開いている。平成29年にはその集大成となる作品「九州浪漫」を博多座で上演。霧島・小郡・筑紫地区の団体がひとつになって、神話の時代から続く九州の歴史を、壮大な物語として演じ切った。

德満親子(右側)と劇団員の田上光介氏(左端)。爽やかな笑顔が人柄を物語っている。

そんな舞台を経験した若者の中からは、演劇の道を目指す者も現れ始め、劇団ドリームカンパニーにもこれまで数人が入団。德満夫妻の長男・亮太郎氏も役者として劇団を支えている。俳優5名のほか研究生4名が在籍し(取材時)、各地での巡演や企業とのタイアップ企画など、様々な活動を展開中だ。また、福岡信用金庫では創業90周年記念イベントとして職員参加型のミュージカル「ブレーメンの音楽隊」を披露した。

「若い頃は自分が舞台に立つことばかり考えていたが、今は人に立ってもらうことが生き甲斐になりました」という德満氏。これからも人生というステージの上でキラキラ輝ける人たちを育て続けていく。

おわり

この記事について

元気な中小企業は、地域の宝!
地域経済を牽引する数多くの中小企業のなかから、福岡・佐賀・長崎の元気企業を紹介します。
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