時代の流れに抗って主力商品を国産畳に戻し生産者とも交流を続ける若き国産い草の伝道師 【株式会社 佐野疊屋】(下)遊撃する中小企業 〜がんばってますけど、何か?

地域企業

店主 佐野典久氏

昭和55年福岡県田川市生まれ。
福岡市で音楽活動をした後、家業の畳店を継ぐ。
自ら「国産い草の伝道師」を名乗ってその素晴らしさをPR。
い草生産農家とも交流するなどユニークな活動が注目されている若手事業家。
畳一級技能士。

社長の佐野店主とスタッフの有永さん。
断裁前のい草はこんなに長い。

株式会社 佐野疊屋
創 業:昭和 24 年
事業内容:畳と建具等の製造・施工
本社所在地:福岡県田川市
電話:0947-42-8097
ホームページ:http://www.sano-tatamiya.com

福岡県田川市で3代続く畳店。
3代目を継いだ典久氏により、高級国産畳表への切り替えや個人顧客層の獲得など経営改革に着手。大幅に業績を伸ばして平成29年に法人化を果たし、地域に明るい話題を提供している。

(上)からのつづき

国産畳表にシフトして経営も上向きに

そんな中でも定期的に産地を訪ね、そこで見たこと感じたことを機会あるごとに地元で語った。ホームページは福岡県中小企業家同友会で知り合ったデザイナーに依頼して作成し、畳にかける思いや、い草生産者の姿を前面に打ち出した。地域のイベントがあれば積極的に出展してPRを行い、情報誌取材があれば畳の魅力を熱心に語った。

そうして地道な努力を続けるうちに、次第に佐野店主の熱い「タタミ愛」に共感してくれるお客さんが現れ始め、問い合わせや新規受注も少しずつ増えていった。ホームページ等でも情報発信を続けた結果、少しずつ工務店等を介さず施主と直接契約する機会が増加。直接話すことで国産畳表の長所も伝わりやすくなり、採用してもらうケースも出てくるようになった。お付き合いする工務店や設計事務所もこだわりを持つハイグレードな会社が多くなり、価格よりも品質を求めるお客さんに国産畳を提案できる機会が増えている。

こうして産地訪問をきっかけに、売上の中心は少しずつ国産畳表へと切り替わってゆき、施工単価も上がって経営状態は上向き始めた。八代の生産者との交流も年を追うごとに広がって、今では畳の契約が決まると一緒に喜び、納品が終わるとユーザーの反応や感想を伝えながら乾杯する関係が続いている。

「畳ほど人の手と愛情の詰まった敷物は他にないと思います。もちろん値段や機能も大事ですが、お客さんが一番喜んでくれるのは、作り手の思いや愛情が伝わった時だと感じますね」と佐野店主は顔を輝かせる。

帰郷から15年目(取材時)を迎える現在では、当時に比較して売上は約2.5倍に拡大。利益はそれ以上に伸び、平成29年には念願だった法人化を果たして株式会社になった。会社名の「疊」の字には田の字が三つある旧字体を採用。これには、い草生産者と畳の作り手、売り手の三者がひとつになるという思いが込められている。

私生活では7年前(取材時)に結婚してまもなく3人目の父となる。明るく社交性のある奥さんは会社の「おもてなし部長」として営業面をサポートしてくれている。

自分で作ると、畳がもっと好きになる

簡素化・低価格化が進む畳業界の流れに逆行するかのごとく、独自の道を開拓した佐野疊屋の取り組みは、田川の町に明るい話題を提供している。学校からは子どもたちが畳作りを見学に訪れるようになり、地域のイベントには出店依頼が相次ぐようになった。今ではかつて望んだ通り「い草と畳の伝道師」となって普及活動を続けている。

そんな中で最近立ち上げた新企画が、畳製品をエンドユーザーと一緒に作るワークショップだ。きっかけは平成16年の暮れに東京の会社から依頼された仕事で、内容は飯塚市の旧伊藤伝右衛門邸前にある築120年の古民家を、地域住民が中心となってリフォームを施すプロジェクトだった。打ち合わせをしながらいつものタタミ愛を語るうちに「い草生産者さんも会場に呼んで、その場で一緒に畳を作ってみませんか」と提案を受けた。すると生産者も快く依頼を引き受けてくれて、古民家再生の座談会の傍ら、佐野店主が施主のスタッフと一緒に畳表をカットし、一枚の畳に縫い上げるワークショップが実現した。

そこで気づいたのは、それまで知らなかった畳の新しい価値だった。素人の手が加わった畳は縫い目も揃わず、佐野店主が仕上げた畳に比べ美しくはなかったが、施主のスタッフが好きだと言ったのは自分たちで仕上げた不恰好な畳だったのだ。

「生産者の思いと畳屋の思いが伝わり、それに施主の愛情が加わったら、その畳はかけがえのない一枚となる。畳の良さを伝える一番いい方法はこれだ、と思いました」

早速ホームページに手を加え、「自分の家の畳を一緒に作りませんか」と呼びかけを始めた。畳だけではやや取っつきにくいので、小さな畳やコースター、しめ縄などを作る企画も作り、市内の道の駅などでワークショップを始めた。

するとフェイスブックを通じて、同じようにい草製品を作る会社の従業員から依頼が入り、ご自宅の畳を一緒に仕上げることで喜んでいただくことができた。

現在の主流は機械縫い。
早く正確に縫い付けることができてコスト削減に役立っている。

産地を応援しながら、畳の魅力を伝えていきたい

地域で様々な活動を行う佐野店主は次第に注目を集めるようになり、田川信用金庫本店とのご縁もできた。きっかけは業務部の課長が、フェイスブックを通じて佐野店主のユニークな取り組みに興味を持ち、職員を介して声をかけたこと。佐野店主と田川信用金庫とはそれまで個人ローンのみの取引だったが、ちょうど第4回しんきん合同商談会へ向けて出展企業を探していた職員の目に留まり、「ぜひ出展を」と提案された。

何事も前向きな佐野店主は依頼に応え、合同商談会では「無染土表を使った畳」を中心に国産畳表の良さをPRした。無染土表とは収穫後のい草を、泥に浸さず乾燥したい草で織った畳表のこと。微細な埃が出にくいため、アレルギー体質の方にもお勧めしやすい商品だ。

商談会では事前に照会があった数社と商談を行い、うち1社とは商談会後に話がまとまって既に2軒を施工している。この会社からは畳作りを施主と一緒に行うワークショップの依頼もあり、 伝統的な工法や材料を守っていく方向性も合うことから、今後も広がりが期待される。

田川信用金庫との本格的な関係はまだ始まったばかりだが、今後は地域の人や企業に強い信用金庫と一緒に、効果的な企業マッチングを受けながら、長期的な視野で経営を安定させていきたいと考えている。

こうして売上を伸ばし、法人化も果たした佐野店主であるが、夢の到達点はまだずっと先にある。「自社だけが売上を伸ばしても、い草の産地が衰退してしまっては畳屋をやる意味がない。もっと力をつけて、産地を応援できる企業になりたいと思っています。そして畳業界をもっと魅力あるものにして、次の世代に繋げていきたいですね」と、常に周囲とともに成長することを望んでいる。そんな姿勢が共感を呼び、応援する人が集まってくるのがこの人の魅力であろう。そしていつもその根っこにあるのは、畳への深い愛情だ。

おわり

この記事について

元気な中小企業は、地域の宝!
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