鳥取出身の会社員が嫁いだ福岡の老舗醤油醸造元【浦野醤油醸造元】遊撃する中小企業 〜がんばってますけど、何か?【特別編インタビュー】

地域企業

インタビュー 大谷真宏(TNCアナウンサー)

醤油屋に嫁いだきっかけ

大谷 福岡出身ではないんですよね?

浦野 出身は、鳥取県倉吉市と言って、ここ(福岡県豊前市)も田舎なんですけど、ここよりもっと田舎の農村に生まれて、ご縁があってここに嫁いだんですけど、18までは里にいました。
進学で北九州の方の大学に入って、そのまま就職も、親は帰ってこいって言ったんですけど、こっちで楽しいことしたいなと思って、そのまま就職して、隣町の中津に転勤になったときに、お客さんが紹介してくれたのが主人です。

大谷 紹介してくださった方が、何度も何度も会ってくれという風に・・・

浦野 そうですね。豊前に、醤油屋の倅でいい男がいるんで、一回会ってみて。というのをしつこくですね(笑) 言ってきて、あまりにも一生懸命おっしゃるので。「わかりました、一回会いましょう」ということで、主人と初めて会ったのが、みんなとお食事会をして、その時がきっかけです。

大谷 その時は、醤油に関しては縁もゆかりもなかったんですよね?

浦野 そうですね。製造業、ものづくりとかにも全く縁がなかったですし、両親が公務員だし、小さな農村で育っているので、商売している人の暮らしとか、そういうのも全く想像がつかない世界でした。

大谷 ご結婚まではトントン拍子で?

浦野 そうですね。「何か楽しそうだな。醤油屋」と思って、割とやってみようかなという感じでした。

未知なる世界で感じたこと

大谷 実際やってみていかがでした。当時を振り返ってみて

浦野 私はそれまで食品関係の会社員をしてたんですけど、ここは家族があって、家内制工業じゃないけど、とても小さな中でやってて、家族と従業員さんでやってるという形なので、小回りがきいていい部分もあるし、会社とは違った、気を使ったり、いろいろもありますし。
私はまず、嫁として認めて貰わないといけないと言う気持ちもあったので、必死でした。役に立つ嫁が来たと思ってもらいたいんので。

大谷 話は変わりますが、地域によって醤油の味って違うじゃないですか。鳥取とここの醤油の味も違いますよね?

浦野 割と似てるんです。それが。甘くてまろやかな醤油なんですね。塩分もそんなに高くなくて。地域の環境や食文化に合ったものがあると思うんですけど、製造法が全く違うんですね。
けど、鳥取とここの醤油の製造法は一緒なんですよ。例えば、関東の醤油の製造法とこっちは違うので、そこで大きく味が違ってくるんですけど、その土地の風土にあった醤油が根付いています。

大谷 私は関東出身で九州に来て驚いたのは、醤油が甘いんです。関東はあまくない、辛い。味としては全く別物ですよね。

浦野 特にお刺身につける甘露醤油なんかは、甘くてすごく濃厚なお醤油なんです。九州は。鳥取は違うんです。甘露醤油が日常にはなかったですね。

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10年間の喜びと苦労

大谷 いざ150年続いた醸造元に嫁がれることになりました。いま働かれて何年くらいですか?

浦野 嫁いで10年になりました。

大谷 前と今とで、こんな違いがあったんだな。とか、苦労したな。とかありますか?

浦野 子育てしながら、男の子が3人いるんですけど、自分のやりたいこととか仕事が軌道にかけたときとか、全力投球したいんですけど、やっぱり、育てながら仕事をする、しかも会社じゃないので、さじ加減は自分で決めないといけないので、つらい時期もありましたね。

大谷 嫁いですごい良かったな。ということことはありますか?

浦野 自分が考えた、生み出した商品とか、元々ここにあった商品でもそうですけど、それを買っていただいたお客さんから”おいしかったよ”、”また買いに来たよ”とか言ってもらったときとか、ネット通販でもお取り寄せくださる方も”おいしかった”って言ってくださったりするときは、ほんと嬉しいし、これからも頑張っていこうという気持ちになりますね。

大谷 ありきたりですけど”あの醤油、おいしいんだよ”という一言で、どれだけ救われるかっていう…

浦野 そうですね。だって醤油の数っていっぱいあって、見た目、みんな黒い液体で、その中でうちのを選んでくださるっていうのがありがたいことですし、”これじゃないといけん”って言ってくださる方もあるので、ありがたいなと思います。

にじいろ甘酒誕生秘話

大谷 いろいろと考えられてきた中で、甘酒っていうのは元々なかったものなんですか?

浦野 甘酒は私が嫁いだとき、10年前には、あったのはあったんですけど、女将さんが私に作り方を教えてくれて、細々つくってたんです。私はその時ほとんど甘酒って飲んだことなくて、えらい手のかかる、材料も、麹をつくるのにも手がかかってますし、それをものすごいたっぷり使った、濃厚な、ドロンとした液体ですよね、甘酒って、それをつくってました。
それでも、そんなに発酵ブームでもなかったですし、どちらかというと、買ってくださる方は、その当時はお年寄りの方とかが”これ昔懐かしの甘酒なんよね”みたいな気持ちで買ってくださる方がほとんどだったんです。
だからそんなに売れてなかったんです。よく返品になったり、売れ残ったりもありましたし。でも好きな人がいるから、また何時間もかけてつくつっていうことをずっとやってて、その中で、みなさんに、広い世代に受け入れてもらえるものができないかな、でも麹が体にいいというのは皆さん知っているので、こんなに手をかけてつくって、こんなにたっぷり米麹を使う甘酒のおいしさをもっと簡単に、手軽に伝える方法はないかなというのをずっと思っていました。

大谷 で、それが、結局…

浦野 そうですね。そこから試行錯誤して、地元のブルーベリー農家さんがあるんですけど、例えばブルーベリーを混ぜてみようかなとか、麹にフルーツを入れちゃっていいのかな?大丈夫かな。受け入れてもらえるのかな。とかいろいろ思ったんですけど。これは甘酒って言えないよとか思われるのか、”これジュースじゃん”って思われないような。
どうやったら甘酒の味を残しつつ、見た目もきれいで、素材の味も残しつつ。というものができるんだろうというのをずっと試行錯誤して、そこから何種類も増やして、どうせなら見た目のインパクト、カラフルにやりたい。というので、ずっと長い時間かけて試行錯誤して、最終的に…

大谷 たどり着いて。

浦野 そうです。

大谷 当初、ものすごい手間ひまと時間がかかっていた部分というのは、いい意味で減らすことができるようになってきたんですか?

浦野 そうですね。いま機械化がある程度、全部じゃないんですけど、一部機械化できるようになったので、効率化だけじゃなくて、品質もすごく安定しました。しっかり甘い甘酒が、温度管理もピシャッとできるので、撹拌も昔は人の手加減で混ぜてたんですけど、それもきれいに撹拌しながら、いい温度をピシャッと保ってくれるので、品質もいいですし、1回につくる量もまとめてつくれるようになりましたし、充填、殺菌とかも確実なことができるようになったので、製品自体も安定しました。

大谷 ブルーベリー以外はどういう商品があるんですか?

浦野 福岡といえば、博多あまおうなので、いちごを使った甘酒だったりとか、地元のくろ米ですね。もち米に近い品種なので、うま味とか甘みがしっかり出るので、くろ米を使った甘酒だったり。それから、八女の抹茶を使ったカラフルな甘酒もつくっています。
また季節に合わせた、秋だったら巨峰を使ったり、地元の柚子とか生姜を使った冬限定の甘酒もあります。

大谷 反響はどうだったんですか?

浦野 出した当時はものすごい反響で、メディアとか、テレビ、雑誌にたくさん取り上げていただきましたし、発酵ブームがその時ちょうど波がきつつあったので、若い女性の方がすごく手に取っていただいて、ちょうど博多マルイさんのオープンと一緒の時期になったので、マルイさんに”是非、絶対並べて欲しい、これ売れます!これは若い世代にも手にとって貰える商品なんです”と販売店さんの方に掛け合って、並べていただいたら、その時は若い人が、見た目の可愛らしさとかインパクトで寄ってきてくださって、私もそこで試飲会を何回もさせていただいて”甘酒ってこんなに飲みやすいの”とか”こんな味って知らなかったです”って方がたくさんいらっしゃって、初めて甘酒飲んだとかおっしゃっていただいて、すごく嬉しかったです。
その時は機械化したと言えども、回しても回してもつくりきれないくらい時もありました。ちょうど発酵ブームのときですね、甘酒とか塩麹とか言ってた時が、いまは安定したというか、文化として根付いたという感じもありますが、当時はブームのもあって、フル稼働でした。

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アイデアの源

大谷 元々アイデアマンだったんですか?

浦野 そうですね。考えるのはすごく好きですし、商品開発して販売に携わるということは、ここに来て初めてなんですけど、”もっと工夫したらどうだろう””こんなのしたら面白そうだな””こんなのしたら楽しんで貰えそうだな”というのを考えることは、もともと好きですね。

大谷 それは昔からですか?

浦野 そうですね、昔からです。

大谷 原点はどこに…

浦野 原点は鳥取のどこですかね。両親は公務員で真面目な人ですし(笑)でも、その両親に対して、サプライズをしたりとか、小さいときにですね。両親を驚かしてやろうとか。人の期待しているもの以上のものを見せて驚かしたいという思いはいつもありますね。

大谷 なるほど。その時の喜んだ顔ってすごく嬉しいですよね。

浦野 はい。嬉しいです。

大谷 振り返ってみたら、嫁がれたときに、全く醤油と縁もゆかりもないのに、こちらにもう長くきて、甘酒まで開発して、それがすごくみんなが喜んでくれる商品になって。
けど、そういう時って、失敗したらどうしようみたいな気持ちとかなるじゃないですか。そういう発想にはならないんですか?

浦野 そこは下調べもしますし、近所の人や友達に感想を聞いてフィードバック貰ったりとか。まずは、道の駅で小さな範囲で売ってみたりしたんですよ。で、”これ行けるな!”っていう感触がその時あったので、皆さんに手にとって気にかけてもらえるためには”こんなラベルがいいんだろうな”とか、こういうお客さんに刺さる見た目にしたいとかも考えて。コンセプトも”できたての生麹”と”福岡県の特産品”を掛け合わせたら、福岡のお土産としても、もしかしたら使っていただけるかもしれないし、福岡の特産品のPRになるかもしれないし、とか色んな思いを込めて。
ものづくり補助金に応募させて貰ったんですけど”通らなくてもこれは絶対売れる!”自分の中では思っていたので、その時に社長に話しをして”落ちてもやりましょう”っていう話しをして、自己資金と借り入れでやりましょうと、社長も”そこまで言うならやろう”と。その時はそういう感じになっていて。ほんとに落ちてたらやってたかどうかわからないですけど。やっぱり資金には限りがあるので、できてたかわからないですけども。”これは絶対世の中に受け入れてもらえる。喜んで貰える人がいる”と私はその時思ったので。

大谷 当時、社長さんの懐の深さもあったでしょうし、先見の明”これでいける!”っていう、一歩目ですね。

浦野 そうですね。そういう勢いがないとできないじゃないですか。その時は自分も勢いづいてて”絶対形にしてやる”という思いがありましたし、社長も女将さんも”そこまで言うならやってみない”っていうタイプなんですよ。社長も商品開発いろいろしてきた、女将さんもそうですし。昔は醤油一本だったんですよ。醤油だけだったのを、麺つゆをつくったり、だしつゆとかポン酢をつくったのも社長ですし、社長の代で切り開いているところはあって、その姿勢を見てるので。
このままだと醤油業界って衰退していってる状態で、海外に向けては少し伸びてるけど、国内の消費はどんどん下がっていて、豊前市って少子高齢化が進んでいるので、このまま同じことを続けてても先がないっていうのが全員の共通認識なんですよね。なので”やってみよう!”って言う感じは、そこはもう家族なので、思いひとつになれば”行こう!”って出来るのはうちの強みでもあると思っています。

大谷 家族全員のロマンだったり、夢とかがそこに詰まってるんだなって言うのをすごく感じますよね。

今後の夢

大谷 次は何でしょう?って、どうしても消費者側とか見てる人ってまた要求しちゃうじゃないですか。ハードルの高いものを。今度こんなチャレンジしてみたいとか、今度こういうものをやってみたい。みたいななんとなくな発想があると思うんですけど。

浦野 2020年、今年はコロナウイルスの影響がすごく大きかったんですよ。醤油、味噌の中に甘酒が加わって、それはそれで大きな柱になってたんですけれども、コロナウイルスの蔓延というのは外的要因としてはすごく強いものがあって、百貨店さんだったりとか、展示会、商談会とか販路もなくなったので、すごく打撃を受けて、売上を相当落としてですね、いろいろ考える中で、地域の人に助けて頂いたりとか、ネット通販での支援、助け合いの輪が広がったりとか、たくさん助けていただいたんです。
その時に。そういうのを見てきて感じたところは、地元にもっと貢献したいとか、地域の輪をもっと広げたい、繋がりたいというのを思っていて、外に出ていけなくなった時も地元で助け合いたい、お互いに助け合いたいと思っている中で、この150年続いた古い蔵を利用して、皆さんに楽しんでもらえる場を提供したいという風に思っているんですよ。
2021年には蔵の店舗部分を改装して、少し広い空間をつくって、そこで皆さんに、例えばワークショップ、味噌づくりの教室が開けたりとか、お醤油、味噌を使ったお食事会を開けたりだとか、お醤油の絞り体験だったりとか、ワクワクして楽しくなる、そして人の流れがちょっとでも生まれるようなことをしたいなと計画しています。

大谷 そこって、アナログな部分の一番大事な、原点じゃないですけど

浦野 はい。やっぱりそれの大切さに今年はすごく気が付かされました。改めて気が付きましたね。

大谷 そこを新たな夢でやっていきたいなと。

浦野 はい。そんな気持ちです。

大谷 味噌だったり、醤油だったり、この香りですごく落ち着けるというのが日本人なんでしょうから、そこがまたみんなの憩いの場になるというのがすごくいいですよね。

浦野 はい、そうなりたいなと思ってます。

商品の購入方法

大谷 いろいろ、甘酒、醤油とありますけど、どういう風にしたら消費者の人が手軽に購入できるんでしょうか?

浦野 甘酒だったら、博多のマルイさんに全種類並んでいます。小倉のリバーウォークにも全種類、あとは豊前の道の駅、一番うちの全商品を見ていただけるのは、ホームページをご覧いだだければお取り寄せ可能です。

大谷 もっともっと話しを聞きたいんですけど、十分お腹いっぱいビジョンを聞くことができました。今日はありがとうございました。
浦野醤油製造元の若女将、浦野敦子さんに話しをお伺いしました。

おわり

浦野醤油醸造元 若女将 浦野敦子 氏
鳥取県にて公務員の家庭に生まれる。
大学卒業後、大分県中津市内で働いていた時に縁あって醤油蔵に嫁ぐ。
持ち前の好奇心と行動力で甘酒をはじめ次々に新商品を開発し、時代にマッチした新しいスタイルの醤油メーカーへの歩みを始めている。

浦野醤油醸造元
創 業:文政年間(約 150 年前)
事業内容:醤油・味噌・各種調味料、生麹の製造・販売
本社所在地:福岡県豊前市
電話:0979-83-2326
ホームページ:https://www.urano-shoyu.com

福岡県豊前市でおよそ150年間にわたり「まるは醤油」の名で親しまれる醤油蔵。五代目当主のもとで若女将・敦子さんの売り出した『にじいろ甘酒』がヒットして話題となっている。

この記事について

元気な中小企業は、地域の宝!
地域経済を牽引する数多くの中小企業のなかから、福岡・佐賀・長崎の元気企業を紹介します。
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