自社製有精卵にこだわる長崎カステラの名店がアスリートに向けたオリジナルカステラを開発 【千鶏カステラ本舗】(下)遊撃する中小企業 〜がんばってますけど、何か?

地域企業

代表取締役 山下直喜氏

昭和37年長崎県南高来郡千々石町(現・雲仙市)生まれ。
千鶏カステラ本舗の2代目社長。
福岡の大学を卒業後、家業の土産物販売店に入る。平成25年より代表取締役に就任。自ら養鶏やじゃがいも畑を手がけるなど、労をいとわぬ働きぶりで社内外から厚い信頼を集めている。

期待の新商品「スポーツカステラ」。
わずかに水分を高め、バナナの風味をつけるなど食べやすい工夫をしている。

株式会社 千鶏カステラ本舗
創 業:昭和42年
事業内容:カステラ製造販売・観光センター運営
本社所在地:長崎県雲仙市
電話:0957-37-2254
ホームページ:http://chidiwa.com

長崎県雲仙市(旧千々石町)に土産物販売店として創業。雲仙・小浜温泉に至る立ち寄りスポットとして観光センターを運営する一方、昭和61年よりカステラの製造販売を開始。
平成25年に現社長が就任して以降、たちばな信用金庫と連携して経営改革と販路拡大を進行中。

からのつづき)

経営の危機をたちばな信用金庫が支援

こうして丁寧に作ったカステラは人気商品となり、売店や食堂を含む観光センターも拡充。建物は創業当初の3〜4倍になり、橘湾を見渡す絶景ポイントということもあって、多くの人が訪れる場所になった。売店では特産のジャガイモに秘伝の衣をつけて揚げた「じゃがちゃん」がヒットし、わざわざ遠くから訪れる人も増えていった。

長崎県内では有名な名物の「じゃがちゃん」。
橘湾の雄大な風景を眺めつつ食べると美味しさも格別だ。

しかし、安定成長しているように見えた同社の経営には暗い影が差していた。発端は平成2年11月に起こった雲仙普賢岳の噴火である。災害により島原半島の観光は大ダメージを受け、同社にとってドル箱であった修学旅行や団体旅行客が激減。さらに平成4年にハウステンボスがオープンすると、長崎市と一緒に周遊する旅行先が、島原半島から 佐世保へと人気が移ったのだ。噴火はやがて収まったが、一度去った観光客はなかなか戻らず、今も噴火前の3分の2から半分程度にとどまったままだ。

そんな中、山下社長が父である先代から事業を引き継いだのは平成25年。当時は設備投資や事業資金の借り入れがいくつも重なり、総額は数億円に達していた。主な債権者やメインバンクに解決策を相談したが、良い提案が示されるどころか、逆に返済を迫るばかり。そんな時に手を差し伸べたのが、隣の諫早市に本店を構える「たちばな信用金庫」だった。

相談を受けたたちばな信用金庫が同社の財務状況を調べてみると、確かに負債は大きかったが毎年約3億円の売上があり、立地条件の良さや自家製卵のカステラ、じゃがちゃんのヒットなど、他社にはない強みもたくさんあることがわかった。さらに山下社長の真面目な人柄や事業への情熱も高く評価されて支援が決定。同社の借入金をまとめてたちばな信用金庫が返済し、利子負担を軽減して経営を立て直すお手伝いをすることにしたのだった。たちばな信用金庫の信条は「地域のために尽くす」ということ。35名の千鶏カステラ本舗従業員の雇用を守り、地域の観光拠点を維持することは、地域の発展に寄与すると判断したのだ。

マラソン選手の談話から新商品を開発

たちばな信用金庫とつながりができたことで、千鶏カステラ本舗は息を吹き返し始めた。アドバイスを受けて個人所有だった土地と建物を会社に移し、財務状況を改善して会社の信用度を高めることに成功した。
資金の不安が解消されたことで売上拡充や将来に向けた投資への意欲も高まった。そして平成29年9月に発売した期待の新商品が「スポーツカステラ」である。

ポルトガル伝来品の起源を持つカステラは、高級な贈答品というイメージが強く、一般の人が気軽に買って自分で食べるということが少ないお菓子だ。素材や製法がシンプルなため他社との差別化も難しく、いちばん売れ行きを左右するのはブランドイメージと言ってもいいだろう。人気で他社をリードしているのは、高級イメージのF社、テレビCMで全国に知名度を上げたB社、長崎の老舗S社の3社で、他の中小規模のメーカーは太刀打ちできない状況が長く続いている。千鶏カステラ本舗でも特産のザボンや、島原の郷土料理「ろくべえ」、ハチミツやイチゴ、チーズなど様々な風味のカステラを開発しているが、なかなかヒットには至っていない。

スポーツカステラは味覚ではなく糖分の性質に目をつけたのが特徴で、きっかけは山下社長がたまたま新聞で目にした有名マラソン選手の談話から。その選手はスタミナ維持のため、レース前にカステラを一斤丸ごと食べる、と書かれていた。

カステラは消化吸収が良い上、三大栄養素の糖質・脂質・タンパク質をバランスよく含み、さらに必須アミノ酸まで効率よく摂取できる、まさに完全な栄養食品だ。そこで食べてすぐエネルギーになるような、スポーツ向けの商品ができないかと最初は考えていた。すると、相談した三井製糖株式会社から「むしろこちらが向いているのでは」と紹介されたのが「パラチノース」だった。パラチノースは天然のてんさい糖から作られた糖分で、エネルギーは一般の砂糖と同じだが、消化吸収の速度がよりずっと遅いという性質を持っていた。

カステラ屋が見る夢は東京オリンピック

なるほど吸収が緩やかな糖分ならば、エネルギーが長時間持続するので持久系のスポーツにぴったりだし、血糖値の急激な変化が起こす疲労感も予防できそうと最初と逆の発想をしたのである。「この糖を使ったカステラを作れば、運動時のパフォーマンスはきっと高まる」と山下社長は確信を持った。

三井製糖の方でもパラチノースを開発したものの有効な活用先が見つからず、商品化してくれるメーカーを探していた状況だったという。こうして両社の思惑はぴったりのタイミングで合致し、三井製糖のサポートを受けてスポーツカステラが誕生した。このカステラは砂糖の20パーセントにパラチノースを使っている以外は、他のカステラとほぼ同じ材料と製法。違いは包装にあり、スポーツ時にも食べやすいサイズにカットされ、潰れないよう厚紙で挟んでひとつずつパックされている。

現在発売から約2年過ぎたが、まだ宣伝も生産体制も十分ではなく、市場での反応は今ひとつだ。しかし、たちばな信用金庫でも期待をかけ、福岡市での「しんきん合同商談会」をはじめ、東京や岡山、長崎などの商談会に出展を勧めるなど、顧客獲得を応援している。

左は三宅総務部長。
以前税理士事務所に勤務していた折、担当していた千鶏カステラ本舗へ転身し、 総務部長として社長の頼もしい右腕となっている。

最近では東京マラソンEXPOへの出展や、長距離ウォーク大会に商品提供を行ってPR作戦を展開。また二年前の夏、高校野球の長崎県決勝戦の試合前の補食としてあるチームの選手たちにスポーツカステラを保護者が提供したところ、見事に勝利したという。今後はマラソンやカーリング、テニス、ラグビーなど選手への供給や、各種スポーツ大会でのPRなどプロモーションを画策中だ。「東京オリンピックで選手に食べてもらって、人気に火がつくといいのですが」と夢も膨らんでいる。きっかけさえつかめれば、大化けする可能性も十分に秘めた商品だ。

同社ではこのほか日本酒メーカーとタイアップしたオリジナル日本酒カステラも売り出し中である。このような企画力に加え、商品の個性や立地条件など、その潜在能力はたちばな信用金庫も高く評価している部分。強みを今後も伸ばし、全国に広がる信用金庫のネットワークを通じて販売先を増やしていけば、きっと強い企業に成長していくことだろう。山下社長の挑戦は、まだ始まったばかりである。

おわり

この記事について

元気な中小企業は、地域の宝!
地域経済を牽引する数多くの中小企業のなかから、福岡・佐賀・長崎の元気企業を紹介します。
中小企業経営者の波乱万丈の物語から、地域に愛される秘訣、世界に誇れる技術など、企業と地域を元気にするヒントがここに!